倉田秀也

民主化以降、韓国の「人権」の主張が「普遍的」であったことはない。人権では人後に落ちぬと自負した金大中氏は在野時代の1994年、米外交専門誌フォーリン・アフェアーズ上で、シンガポールのリー・クアンユー元首相に対して「人権論争」を挑んだことがある。アジアにおける民主主義の定着に疑義を呈するリー氏に対し、金氏は「人権」の「普遍性」を説いたが、北の人権には言及しなかった。 。。。 誤解を避けるためにいえば、本論の力点は、韓国に「人権」外交を求めることにも、北朝鮮人権法の成立を求めることにもない。 韓国があらゆる人権問題から、「戦時下における女性」のみを切り取って標榜する「人権」とは、日本という特定の国の過去の追及という特定の政治目的を果たすために、国際社会の支持を求めて掲げられたものにほかならない。その主張はどこまで「普遍的」か、国際社会に向けて発せられる主張として、果たして「公正」なのかが問われねばならない。 人権が遍く追求されるべき価値であることは言うまでもない。とはいえ、「普遍性」の名の下に民族主義と吻合し、価値を装飾した外交は、時に国家間の利害の調整を不能に陥れる。北朝鮮の人権状況の向上を対話の前提に据えず、また、中国との関係維持のため現下の人権問題を黙過し、「人権」を選別的に主張している韓国こそ、そのことを最も知悉しているはずである。